【小説家・阿部暁子さん】あきらめずに分かり合おうとする姿、人と人が思い合う姿を書きたくて

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最愛の弟を亡くした主人公の女性が弟の元恋人に出会い、彼女の仕事である家事代行サービスを手伝いながら人生を捉え直していく姿が繊細な筆致で描かれた『カフネ』。同作で第22回本屋大賞を受賞した著者の阿部暁子さんをお迎えして、物語に込めた思い、作品づくりの姿勢、先生ご自身にとっての豊かな時間〈とき〉についてなど、たっぷりとお話を伺いました。

 

阿部 暁子(あべ・あきこ)

岩手県出身、在住。2008年『屋上ボーイズ(応募タイトルは「いつまでも」)で第17回ロマン大賞を受賞しデビュー。著書に『どこよりも遠い場所にいる君へ』『また君と出会う未来のために』『パラ・スター〈Side 百花〉』『パラ・スター〈Side 宝良〉』『金環日蝕』『カラフル』などがある。

 

聞き手:日本能率協会マネジメントセンター代表取締役 張士洛




言葉を尽くして対話する大切さを、届けられたら


− このたびは『カフネ』の本屋大賞受賞、本当におめでとうございます。今どんな気持ちでいらっしゃいますか?

 

阿部:ちょっとまだ実感が湧いてこないのですが、『カフネ』は編集者さんが4人も関わってくださった作品ですし、書店員さんが刊行前からメッセージを寄せてくださったり、本当にたくさんの方が応援してくださったので、そういった方がとても喜んでくださっていることがすごく嬉しいです。

 

− 本屋大賞にノミネートされた時点で大変反響があったと思いますが、先生はどう感じられましたか?

 

阿部:ここまで本が広く読まれたことがなかったので、本当の気持ちを言うとちょっと戸惑いというか、大きすぎる反響に怯む部分もあったのですが、でも今日のように取材してくださる方々含め、お会いする方たちに作品をよかったと言ってもらえると、やっぱり書いてよかったなと思います。

 

− 『カフネ』を読み、素晴らしい作品に出会えたと感動しています。昨今は家族の問題、例えば毒親といった親の問題なども社会の中でよく語られますが、本作はいみじくも擬似家族の物語。家族ではない2人が本当の意味で分かり合っていくストーリーになっていますが、阿部先生が本作を通して伝えたかった思い、届けたかったメッセージを教えていただけますか。



阿部:今は、ものすごい速さで情報が伝達されていく時代です。鋭く一面だけが切り取られて、その面だけが一瞬で広まってしまうという印象がすごくあって、それはちょっと怖いなとも思っていて。せめて小説は時間をかけて読むものなので、人は切り取られた一面だけではないし、隠れている部分は容易には見えないのだということを意識しながら書いたし、読んでいる人にもそう感じてもらえたらいいなと思っています。

 

− 作中でも「見た目とは裏腹」というような表現がすごくありましたね。

 

阿部:そうですね。多かれ少なかれ、人は人の前で演じている部分があるので、その人が見せている姿が本当の姿とは限らないですよね。だからこそ、分かり合うってなかなか難しくて、やはり言葉を尽くして対話していくんだ、ちょっとやそっとで諦めずに対話していくんだというのを、物語の中だけでも書きたいなと思いました。

 

− 最近は、若い世代もそうですけれど、コミュニケーションを深めるまで踏み込まない、そんな人も多いかもしれないですね。先生はどう感じますか?

 

阿部:それはよく感じます。今思えば、自分にもそういった傾向があるかもしれません。ただ一方で、触れ合いを求めていない人ってそんなにいないなと思っていて。触れ合いたいけど、でも怖い。怖いけれども、やっぱり求めている。そのようにも感じます。分かり合うには言葉を重ねていくこと、対話がいちばん大切なものではないかと今は思っています。

 

− 本当にそうですね。もう一つ、作品の描写で印象的だったのが、料理。設定が家事代行サービスなのでお掃除もやっているはずなのですが、掃除テクニックはいくら読んでも出てこなくて(笑)、料理のノウハウやスキルなどの描写がすごいなと思いました。


▲『カフネ』を書いてから、「料理上手なんでしょうね」とか「料理が好きなんでしょうね」と言われるのですが、正直そこまで得意ではないんです(笑)


阿部:料理って、食べる人がいて成立するものなので、作ってもらえば「誰かが自分のために作ってくれた」と温かい気持ちになるし、自分が作った料理を誰かが食べて美味しいと言ってくれたら嬉しいし。すごく単純なやり取りではあるのですが、そんなコミュニケーションの力もあると思っています。

 

− そうですね。作中でも、せつなの料理スキルや姿勢はもちろんですが、私はやっぱり、相手のことを深く考えて料理する力にすごく感動しました。

 

阿部:料理描写に想像以上の好評をいただいているのですが、私はどちらかというと、せつなが訪問先のお宅の冷蔵庫や戸棚を見て、その家の人が必要としているものを作るという部分を描きたかったので、注目してくださって嬉しいです。人と人とが思い合う姿、ぶっきらぼうだけど何も知らないお家の人のことを考えて料理を作るという姿を書きたかったし、それがせつなの本質だと思うんです。

 

− お腹いっぱいにさせるよりも、心いっぱいにさせる料理ですよね。

 

阿部:それはなんて美しい…帯に使えそうです(笑)




創作のヒントは日々愛聴するラジオにも


− 『カフネ』を読んでいると、会話や仕草などのふとした描写はなんだかとても身近なものとして感じます。本を書く時にどんなインプットをされているのか、どんなことを日常の中で意識されているのかお聞きしたいです。

 

阿部:私はよくラジオを聞くのですが、全国津々浦々から届く日々の投稿、人々の身近な生活を知るのがすごく好きなんですね。例えば、介護がとても大変で息が詰まっていたけれど、春になって梅が咲いてきれいで心がすっとしました、とか。そんな何気ない投稿を聞いたりすると、知らない方ですが、暮らしている様子がなんとなく思い浮かんできて。インプットとはちょっと違うかもしれませんが、そういう積み重ねが登場人物の描写に繋がったりしているのかもしれないです。



− 世の中のいろんなことがインプットになって、作品を彩っているということでしょうか。主人公である薫子とせつなという個性ある2人を描くにあたっては、何かヒントがあったのですか?

 

阿部:とくにモデルはいなくて、最初に2人が喧嘩しているシーンが強烈に頭に浮かんできて、それはどんな人だろうかと考えていく中で人物像ができあがっていきました。私たちは日常でわりと言葉を飲み込んでしまう場面がありますよね。飲み込んでしまうけど、心に石のように沈んでいる感覚があったりして。それを、飲み込まない人を描きたいという思いから、まずせつなの性格の輪郭ができていきました。

 

− なるほど。対して、薫子はどのように考えていったのですか?

 

阿部:せつなは言葉を飲み込まない一方で弱音を吐かない人なので、じゃあその彼女と関係を築ける人って誰なんだろうと考えた時、真面目でちょっと融通はきかないけれどパワフルでおせっかい、そんな人ならせつなの孤独を受け止めることができるんじゃないかと思ったので、ああいった薫子になりました。友だちでも家族でもない、相手によく思われたいというのは何もない関係だからこそ、かえって本音をさらけ出して対話できるんだなということを、書き進めながら発見していった面もあります。

 

− 今は、それこそ家族でも忖度してしまう世の中ですからね。

 

阿部:傷つけることも、傷つけられることも、みんな怖いんだなというのは感じます。それから、一度ぶつかり合った後に元通りになれるという確信がないのかもしれないですね。でも、再生できると私は思いたいし、そうであってほしいし、若い人たちにはそれができると思ってほしいです。


私にとっての豊かな時間〈とき〉。手帳への憧れ


− 私たちの会社では手帳や学びを提供していく中、「時間」が大事だということで長年タイムマネジメントを推奨してきたのですが、昨今は時間を「時間〈とき〉」と捉え、マネジメントだけではなくデザインする大切さを提唱しています。先生はこの「時間〈とき〉デザイン」という言葉を聞いて率直にどう思われましたか?

 

阿部:未来を信じる言葉なんだなと。デザインしていくというのは、その先に進みたい未来があるって信じることだなっていうのを、最初に感じました。インタビューの前にJMAMさんは東北への震災支援を20年間めざして継続されているとお聞きしましたが、20年先の未来を信じてやり続けるって尊いことだな、時間〈とき〉デザインってそういうことなんだなと、今すとんと腑に落ちました。



−「時間〈とき〉デザイン」は自分らしい未来に向けて豊かな時間〈とき〉をつくることをうたっているのですが、先生にとっては今どんな時間に豊かだなと感じますか?

 

阿部:やはり家族と過ごしているときでしょうか。時々、本当にすごく穏やかな、幸せってこういうことを言うのかもしれないという気持ちになるときがありまして。それはお金のかかる何かをしているわけでも、華やかなことをしているわけでもなく。ふと自分の中から愛情があふれてくるような瞬間、それが自分にとっては豊かなときだなって思います。

 

− 時間〈とき〉デザインで大切にしている「自分らしさ」については、先生はどう捉えていらっしゃるのかぜひお聞きしたいです。

 

阿部:小説を書いている時に、まさに「自分らしさ」について悩んだことがありました。自分らしさを意識して書こうとすると、作為のにおいが漂って物語がつまらなくなる。じゃあ逆に自分らしさを一切封印して書いてみたらどうなるのかと試してみると、それでも自分のにおいみたいなものは残る。きっと自分らしさって、意識しても出せないし、無意識でいても積もっていっているものなのだと思います。自由な自分でいる時に、もしかするといちばん良い形で出てくるものなのかもしれないです。

 

− そして未来のデザインも自分らしさも、時間とともに変化していくものではないかと思います。

 

阿部:そうですね、小説を書く中でも、人物が変化していくのを書くのはとても好きです。その人らしさというのは経る時間の長さとは関係なく、あるときは凝縮して、あるときは穏やかに、変化していくものなのかもしれませんね。



− 作中に薫子が手帳を使う描写もありました。先生は手帳を使っている方にどんなイメージをお持ちでいらっしゃいますか?

 

阿部:手帳を書いているって、ちゃんと自分の未来を把握して、その通りにやっていこうという誠実な意志を感じるので、かっこいいなと思っていて。そんな憧れも込めて、作中では薫子に持たせました。ちなみにせつなは手帳を書けないタイプ、私の仲間です。私自身は3日坊主で手帳が続いたことがなくて…。

 

− また使ってみたい、こういう手帳があれば自分に合いそうなどありますか?

 

阿部:最近は先のことをちゃんと目に見える形で残していきたいなと考えているので、改めて手帳を持ってみたいなと思っています。日記を書けない人間なので、1日の欄にちょっとした一言だけコメントできて、後で「ああ、こうだったな」と見返しやすい手帳があれば嬉しいですね。



応援してくださる皆さんに伝えたいこと


− 今後、書いてみたいと考えているテーマがありましたら、ぜひお聞かせいただけますか?

 

阿部:そうですね、書いてみたい題材のひとつに農業のことがあります。私自身よくスーパーに行くので野菜が安くなったり高くなったりを身近に感じていますし、気候変動の問題で農作物がダメになってしまったというニュースを見聞きするたびに、農家さんがどんな思いで作物を育てているのかと考えたり。いつか取材して、書くことができたらいいなと思っています。

 

− 興味深いですね。先生のお住まいの岩手は農業をされている方も多いですし、身近なところに取材先もありそうですね。

 

阿部:夫の実家がまさにビニールハウスで野菜を育てています(笑)。そして、書いてみたい題材は農業に限らずいろいろあるのですが、やはり今なかなか世の中が忙しく大変な時ですから、読んだ人が「おもしろかったな」と、明るい気持ちで最後のページを閉じられるような、希望のある話を書きたいです。

 

− 今後の作品もとても楽しみです。では最後に、読者の皆さん、ファンの皆さん、本屋大賞を支えている書店員さんへメッセージをお願いします。

 

阿部:一番にお伝えしたいのは「本当にありがとうございます」ということ。そして、いろいろなところでたくさん「おめでとう」を言っていただくのですが、その「おめでとう」を応援してくださる皆さんと分け合いたいです。

 

− 本日は素敵なお話をたくさんお聞かせくださり、ありがとうございました。




拝啓 あの日の自分


「デビュー後、自分の物語を探して手探りしていた時の自分へ」

ヒット作が書けずに悩み、自分の物語が書けなくなっていた時期がありました。なんとか今の自分を変えたい、糸口をつかみたいという気持ちで、とにかく手探りでたくさん本を読んでいた時期です。その時の自分へ。不安で辛いかもしれないけれど、その手探りでやっていることは力になるから、そのまま頑張れよと伝えたいです。


本屋大賞について


NOLTYは、手帳販売の大切なパートナーである書店を盛り上げたいという想いから、NPO法人本屋大賞実行委員会が主催する「本屋大賞」に協賛しています。「本屋大賞」は全国書店員が“いちばん売りたい本”を投票で選び受賞作を決定する賞です。今年は一次投票には全国の488書店より書店員652人、二次投票では336書店、書店員441人もの投票がありました。二次投票ではノミネート作品をすべて読んだ上でベスト3を推薦理由とともに投票しました。

その結果、2025年本屋大賞に『カフネ』阿部 暁子(著)講談社が決まりました。


【2025年本屋大賞】

 1位『カフネ』阿部暁子/講談社

2位『アルプス席の母』早見和真/小学館

3位『小説』野崎まど/講談社

4位『禁忌の子』山口未桜/東京創元社

5位『人魚が逃げた』青山美智子/PHP研究所

6位『spring』恩田陸/筑摩書房

7位『恋とか愛とかやさしさなら』一穂ミチ/小学館

8位『生殖記』朝井リョウ/小学館

9位『死んだ山田と教室』金子玲介/講談社

10位『成瀬は信じた道をいく』宮島未奈/新潮社

 

※詳細はコチラ



阿部暁子先生「本屋大賞」授賞スピーチ


2004年に大学生協の書店で、博士の愛した数式という本を、帯に書いてある『第1回本屋大賞』という文字に惹かれて手に取りました。数字の織りなす美しさと愛に満ちあふれた美しい物語でした。あれから長い時間がたって、今ここに自分が立っていることを光栄に思います。『カフネ』という作品は、思いがけず多くの方に手に取って頂きました。たくさんの人の尽力があって起きた奇跡のようなことでした。全国の書店さんにも、一般の読者さんにも、それだけ本を愛する人がいることは、書き手にとって救いです。私たち書き手がいい物語を書き得たなら、これだけたくさんの人たちが応援してくれることが希望です。頂いた大きな贈り物に報えるように、いい小説家になっていきたいです。



\時間〈とき〉ラボメンバー限定キャンペーン/

(祝)2025年本屋大賞授賞カフネエプロンを1名様にプレゼント!


この記事のコメント欄に、記事の感想と阿部先生への応援メッセージを投稿いただいた方の中から抽選で1名様に、授賞祝いで特別に製作された『カフネのエプロン』をプレゼントいたします。

▲本屋大賞授賞式でのスタッフの方々

 

※応募締切は、6月1日(日)まで!

 ※当選者の発表は賞品の発送をもって代えさせていただきます。

 

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5 件のいいねがありました。

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とても読みやすかったです。これからも頑張ってください。

返信する
2025.05.19

「人は切り取られた一面だけではない」は、まさにその通りだと感じました。時間を刻む中で、色々な人と出会いますが、一面だけで判断してしまうと、大切なものを逃してしまうかもしれないと思いました。

カフネを読んで、考えさせられることが多々ありました。読んでいる時間は、大変有意義な時間でした。

返信する
2025.05.20