【小説家 逢坂冬馬さん】 本業作家、副業会社員。会社員として視野を広げながら、好きを追求し続けた時間の先にあったもの。

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2022年、デビュー作ながら本屋大賞を受賞した『同志少女よ、敵を撃て』の作者・逢坂冬馬さん。本作は第二次世界大戦の旧ソ連軍に属する女性スナイパー・セラフィマの、自らの生きる道を戦いに見出しながらも葛藤を抱え、戦争に人生を翻弄されながら歩む物語。作者の逢坂さんは会社員であり小説家という兼業作家。超大作を生み出しながら、平日は企業勤めをしているという逢坂さんの時間〈とき〉デザインについて伺いました。 


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逢坂 冬馬(あいさか とうま)

1985年生まれ。明治学院大学国際学部国際学科卒。『同志少女よ、敵を撃て』で、第十一回アガサ・クリスティー賞を受賞しデビュー。

『同志少女よ、敵を撃て』(早川書房)

1942年、独ソ戦のさなか、モスクワ近郊の村に住む狩りの名手セラフィマの暮らしは、ドイツ軍の襲撃により突如奪われる。母を殺され、復讐を誓った彼女は、女性狙撃小隊の一員となりスターリングラードの前線へ──。第11回アガサ・クリスティー賞大賞受賞作。

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聞き手:日本能率協会マネジメントセンター 代表取締役 張士洛

 


書くことへの喜び


  

張: 2022年「本屋大賞」の受賞、おめでとうございます!デビュー作にして快挙ですね。

 

逢坂:ありがたいことに多くの方に手に取っていただき、「本屋大賞」をいただきました。夢にも思っていなかったですし、1年前の自分に言っても信じてもらえないと思います。

 

張:私も拝読しましたが、読み応えというか、心が震えるような感覚でした。今世界がこのようなことになって、世に出るべくして出た作品だと感じています。

 

逢坂:作品としては非常に難しいのですが、逃れられない運命みたいなものを背負った作品なのではないかと。戦争の惨禍をフィクションで語るのは難しいですが、小説から入った方々により実感を持って、今起きていることに対して考えを巡らせてほしいと思っています。

 

張:作品内でも実在する人物が登場する瞬間もあり、よりリアリティーをもって読み進めました。

 

逢坂:物語の背景には史実や実在人物を織り交ぜています。ただし、主人公の周りで起こっていることや、実在人物との会話はすべてフィクションです。そうやって虚構とリアリティーに一線を引くような作りにすることで作品への没入感を感じられると思います。

 

 

張:この作品をお書きになるまでに、どのようなことを考えたり、何に刺激を受けたりされたのかをお伺いしたいと思います。小学生の頃はどんな学生でしたか?

  

逢坂:小学生の頃は小学館から出ている歴史漫画が大好きでした。すごく刺激になって夢中になって読み返していましたね。

 

張:その頃から歴史に興味があられたんですね。

 

逢坂:そうですね。決定的になったのは2001年のアメリカ同時多発テロでした。当時、高校1年生だったんですが、世界の波風が全く変わった瞬間だったと思うんです。国際関係学の大学に進学したのもそれがきっかけですし、大学の頃はノンフィクションばかり読んでいました。小説家ではなく研究者を目指していましたから。

 

張:研究者を目指されていたんですか。その後、研究者ではなく就職されましたよね?

 

逢坂:文系の研究者は狭き門ということもあって、就職に切り替えました。現在もですが、人事労務系の仕事に就いています。

 

張:小説を書くことに対して、心に火がついたのはきっかけがあったんでしょうか?

 

逢坂:大学時代に懸賞論文という学内の論文の賞があって、そこで学長賞をもらっていて。そこで自分の文章が評価される喜びや、文章を作ること自体への喜びは感じていました。論文もですが、色々調べたものに対してどうまとめるのか自分にしか書けないものが必ず出てきます。中高生の頃に、調べたものをただまとめただけの作文とは違う。論文と小説には似た喜びを感じますね。

 

張:大学の頃に感じたものが今のキャリアに繋がっているんですね。会社員と兼業で本格的に書いていこうと思われたのはいつ頃ですか?

 

逢坂:2008年頃です。ふと一つのストーリーが浮かんで、試しに書いたら最後まで書けたんです。自分の中の「最後まで書けた」という達成感があって、そのまま新人賞に応募して1次審査は通りました。向き不向きというより、書けるんじゃないかっていう気持ちになったのが最初ですね。

 

張:2008年から今に至るまで、会社員をしながら書き続けるモチベーションはどんなものがあるのでしょうか?

 

逢坂:小説を書いてる時間が一番楽しいんです。極論、プロにならなくてもいいやって…小説を書く時間をできる限り長く取りたいって気持ちが強いです。「プロになるぞー!」って意気込むと辛いこともあるかなと。それよりも、今書けることを楽しんで、自分にとっての完成度を上げていくのを継続していくということを大切にしてきました。

 

張:物語を書きはじめるときに「作り上げるぞ!」みたいなものもなんですか?

 

逢坂:そうですね。毎回「どうやって書いていたっけ?」みたいになります(笑)。一般的には物語のプロットをある程度作ってから調べたりすると思うんですが、自分の場合は膨大な資料を読み込んでまとめて、また読み込んで…の繰り返しなんです。『同志少女よ、敵を撃て』も資料を読み込んでから女性スナイパーの話にしようと思ってプロットを作りこんでいきました。

 


ノンフィクションの中にあるフィクションらしさの素



張:執筆に限らず、社会人として情報を得ることについて意識されていることってありますか?

 

逢坂:日々のニュースやちょっとした会話の中から気づきを得るようなインプットを意識しています。もちろん小説を読んだり、映画を見たりっていう作品から学び取ることも大切だと思っています。

 

張:それはよく言うアンテナを張るっていうことですか?

 

逢坂:すごく近いんですが、“自分をアンテナにする”という感覚です。見たこと、印象に残ったことを記憶して持ち帰るんです。例えば登場人物の人物像を考えるとき、多面性を持った人間にしていくには、生身の人間の多面性に学ぶのが一番良いと考えています。いつも明るいと思われている人がそうでもないときがある、という一面を考えるとき、その人の一貫性を感じる部分ってどんなときかな?と実際の人間から得ていますね。

 

張:フィクションだからこそ、現実の生っぽさが重要なんですね。

 

逢坂:本作に関しては特にそうですね。歴史やSF作品を書くときは常に“現代を問う”っていうことを意識したいと思っています。望む、望まないは別として本作は作った後に現実が物語以上に非常事態になるということになってしまいましたが、やっぱりニュースを見たり、今起きてる国際的な紛争と歴史上の出来事はどういう因果関係があるのかを考えます。そこから感じる人類の途方もない動きを想像することを含めてインプットしています。

 


自ら「時間〈とき〉をデザインする楽しみ」への一歩とは


 

張:『同志少女よ、敵を撃て』はリアリティーもあってじっくり腹の中に落ちてくるような作品だと感じます。現実に起きていることと過去を振り返る、そんな素晴らしい作品です。「ときラボ」読者の皆さんは手帳を使っていて、時間〈とき〉をデザインするという感覚を大切にされている方も多くいらっしゃいます。時間〈とき〉って豊かさとデザインが必要だと考えているのですが、逢坂さんは、ご自身の時間〈とき〉デザインについてお考えのことはありますか?

 

逢坂:難しいですけど、会社員としてフルタイムで働いていると自分で時間〈とき〉をデザインできる余地って少ないとは思うんです。自分自身これは切実な問題でした。時間〈とき〉デザインというより、与えられたスケジュールをどうこなしていくか、という風になってしまうんですよね。

 

張:たしかに、ある程度時間が拘束されていると、そうなってしまうと思います。

 

逢坂:だから「時間〈とき〉デザイン」という言葉を聞いた時、個々人が「時間〈とき〉デザイン」をできるような生き方ができたらすごくいいな、という印象をもちました。時間をマネジメントするというより、主体性を保ってデザインするような感覚でしょうか。


張:仰る通りです。逢坂さんはJMAMの手帳を使われていると伺いました。


逢坂:久しぶりに紙の手帳を使い始めたんですが、兼業している身なので、会社の仕事と作家業に関することを一元管理できるのが助かります。スマホの小さい画面で見るのは意外と難しいですし、会社のスケジュール表に個人の仕事に関することを入れるわけにいかないですから。こんなに便利なのかって、思いました。


張:嬉しいです。公私なく、自分の中で1日をどう設計するかが時間〈とき〉デザインだと考えているので。手帳を使い始めて時の使い方が変わったり、あるいは心掛けていることはあったりしますか?


逢坂:実は兼業作家を始めたころ、スケジュール管理をミスしてダブルブッキングをしてしまったことがあり、上司にものすごく怒られたんです。


張:そうなんですか!


逢坂:えぇ…もう謝るしかなくて。そこから第1の原則は「約束を守ること」だと強く思いました。なので、ありとあらゆるテーマを一つの手帳に書き込んでいって、その原則を守り続けていきたいです。それが可能になる素晴らしいアイテムだと思いました。


張:メモ欄を大きくしているので、アイディアノートにもしていただけるかと。そういう意味の一元管理のできるアイテムでもありますね、手帳は。


逢坂:アイデアノートは、まだ未経験なのでこれからやりたいんです! ただメモするだけではなく、手帳なので日付や場所を含めて書き留められるので、振り返ったときに世界が広がるんじゃないでしょうか。何かを生み出したりできるイメージが湧きます。



張:これから専業になられると聞きましたが、今後ご自身で、時間〈とき〉デザインができるかどうか、という観点ではどうお考えですか?


逢坂:正直にいうとちょっと怖いポイントです(笑)。長年の夢だったはずなんですが、今まで会社のスケジュールありきで考えていた予定が、その部分がなくなるので。まさに自分で時間をデザインしていかなければならないから、まずは与えられたスケジュールをこなしていくという流れからの卒業ですね。


張:逢坂さんにとっての大切な時間〈とき〉とは、どんな瞬間ですか?


逢坂:仕事や小説、何かに熱中して時間を忘れるほどに取り組んでるときがあるんです。時間〈とき〉を忘れて熱中した後、時間の大切さっていうのをかみしめながら少し体を休める瞬間が自分にとってはとても大切です。


張:やり終えた後の少しゆっくりする時間ですね。集中してると時間って本当に早いですもんね。


逢坂:あっという間です。これからは「時間〈とき〉デザイン」を一から自分で作っていく環境になります。まだわからないこともありますが、それができるのは職業作家の楽しみじゃないかなと思っています。

 

 

時間〈とき〉と「豊かに生きる」こと


 

 

張:時間にまつわることを伺ってきましたが、なんと次回作が時間に関わるテーマと伺いました。

 

逢坂:そうなんです、ちょうど次回作が時間をテーマにしています。2084年を舞台にしたSF短編集の中の1本に書いたテーマにもあるのですが、眠らなくても済む世界の物語です。究極の統一性を求めたら、「眠り」が邪魔だということに気付いて、眠らなくてもいい社会を実現していきます。ある意味で究極の効率性の世界で、それがどういう混乱を生むのかを考えていきます。

 

張:時間というものに対して、問題意識をお持ちなんですね。

 

逢坂:そうですね。自分の今の考え方とも共通して言えるのは、無駄なものを極限までなくしたとして、出来上がるものは果たして素晴らしいものなのか、そうじゃないような気がしています。そういう問題意識ですね。

 

張:切実ですよね。今の社会は効率を求めていく傾向が強いですよね。「時間〈とき〉デザイン」の本来の目的は「人に豊かになってほしい」というものがあります。

 

逢坂:効率性ではないところにある豊かさってあるんじゃないでしょうか。いかにして人間っていうのは幸せになれるのかということについて、目的と手段を取り違えることもあると思うので。

 

張:いよいよ専業作家に向かわれる中で、これからの目標、読者・ファンの方へのメッセージを最後にお聞かせいただきたいです。

 

逢坂:次回作はまだまだ考えている段階ですが、なるべく早いうちにお届けしたいです。そして幸いにして定年がない世界で、80歳になっても現役で執筆されている方も多くいらっしゃいます。売上とかそういうところではなく、目標は一生続けることです。コンスタントに長編を書き続けていくつもりなので、よろしくお願いします。

 

張:次回作も楽しみにしております。本日は素晴らしく貴重なお話をお聞かせいただきありがとうございました!


 

  

拝啓 あの日の自分

「一番悩んでいた頃の自分へ」


何も結果が出てこなくて焦っていた一番悩んでいたのが2015年頃。結果が伴わないと食べていけないんじゃないか、って…。開き直るまでが辛かったけど、あの頃の自分に声をかけられるとしたら「その姿勢でもがいていて大丈夫だから」って言いたいです。「あなた、書き続ける自分に対して基本的には楽しんでやっているから、そのまま進んでいきなさい」これに尽きます。

 

※感染対策を行い、2022年4月に取材しました。

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本、買いました!なかなか分厚いので躊躇しましたが、

開いたら物語に吸い込まれてあっという間に読めました。

描写にリアリティがあるなって思っていた理由が

このコラムを読んでわかりました。

リアルとフィクッションを縫うように構成されて書かれているんですね・・・

想像力が豊かでないとできないですよね。

この時代だからこそ、多くの方に読んでほしいなと思って、母親に今貸してます。



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2022.06.07