#9 NOLTY 能率手帳ゴールド60周年:わたしと能率手帳ゴールド

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1949年、生産現場のコンサルティング活動を行っていた日本能率協会が、「時間もまた資源である」という考えのもと、戦後まもない日本で、初めて“時間目盛り”を採用した手帳として「能率手帳」を発行しました。その後、人材育成支援事業、手帳事業、出版事業等の事業部門を集約し、1991年に日本能率協会から分離独立する形で㈱日本能率協会マネジメントセンター(略称:JMAM)が設立されました。


「#JMAM手帳を知る」では、手帳づくりの舞台裏を垣間見たり、歴史を振り返ったり……。社員すら知らない!?情報も盛り込みながらJMAMが手がけてきた手帳のあれこれを毎回いろんな角度からお伝えしていきます。

 

前回(#8 NOLTY 能率手帳ゴールド60周年企画:わたしと能率手帳ゴールド)に引き続き、2023年版手帳で60周年を迎えた「NOLTY 能率手帳ゴールド」特集の後編の第二弾。

 

能率手帳ゴールドをお使いの方を対象とした会員組織「NOLTY 能率手帳ゴールドメンバーズクラブ」の会員さんたちに、「あなたと能率手帳ゴールドとの思い出に残っているエピソードを教えてください」という募集をしたところ、たくさんの素敵な思い出エピソードが寄せられました。その中からインタビューした方のエピソード、そして能率手帳ゴールドを何十年も使い続けているJMAM社員にもエピソードを聞いてみました。

 


【島田雅巳さん】旅先の記念スタンプも展示会のチケットも!ゴールドは日々の記録(思い出)が詰まった国内版のパスポート! 



▲能率手帳ゴールド愛用暦10年以上の島田さん。手帳には数々の思い出が詰まっています。



能率手帳ゴールドを使い始めたのは2010年からです。本革の手帳が欲しかったのと、手にぴったりくるサイズなので試しに購入してみたんです。そこからは現在までずーっと能率手帳ゴールド。それまで使っていた手帳とは違い、とても丈夫にできていて、一年間使ってもヘタリもせず、壊れないし、使うことで革のツヤも出て、手に馴染むところなどが好きになった理由です。


私は、予定だけではなく、日本各地へ旅行したときの記念スタンプを押したり、訪れた展覧会や映画、孫のバレエ発表会のチケットを貼り付けたりと、毎日の記録を残すのにも使っています。



▲能率手帳ゴールドを初めて使ったのが2010年。1番始めのスタンプは新潟県の三条市のスタンプ。他のページには趣味の競馬に関する当時の有馬記念の出馬表も。



これまでの能率手帳ゴールド歴の中で印象に残っているページは、2022年版の手帳に旅の記録を記したページです。左ページに押している「日本最北端の駅」と記されている北海道の稚内駅スタンプ。そして右ページには、鹿児島県の指宿にある西大山駅で押した日本最南端の駅スタンプと日本最南端の駅・西大山駅の入場券。実は、稚内のスタンプを押したのが21年12月8日。西大山駅のスタンプは、3日後の21年12月11日なんです。コロナが小康状態の折に日本の北端から南端まで4日で駆け抜けた記録がこの見開きに記してあるんです。



▲写真左が2010年版 で右が2022年版。使い始めた2010年の能率手帳ゴールドには、当時行ったディナーショーのチラシを切り貼りしてログのように残しているそうです。



自分にとって、能率手帳ゴールドはいろいろな思い出を一冊にまとめて確認できる自分だけの国内版のパスポートみたいなものですね。過去の手帳を見返して、あの頃はここに行ったなぁ、などよく振り返ったりもしますよ。12年前のページも、紙がへたらないのが能率手帳ゴールドだからだと思っていますね。



▲今までの能率手帳ゴールドは並べて保管されているそう。



私は万年筆派なんですが、「能率手帳ゴールド」は文字の書き心地もいいです。ボールペンだと個人的な意見ですが、紙にインクが染み込んで、紙自体が重くなってしまう気がするんです。心地よく滑らかに書けます。“リットゥン・コンファーム” (written confirm:確認書、書面で確認する)と言うように、書いて確認しろ、書いて覚えろ、と言われていた世代なので、常に手帳を持ち歩いて、気になったことは何でも記入しています。その日の為替相場なんかも。キーボードを叩いても覚えらないじゃないですか(笑)。これからもずっと「能率手帳ゴールド」に思い出を貼り付けて記録を書き込んでいきますよ!




【太田哲史さん】JMAM社員も愛用する能率手帳ゴールド!軽くて壊れない手帳は、仕事に欠かせない相棒に!



▲1982年、当時の社団法人日本能率協会に法人向け営業として入職された太田さん。現在はグループ会社の株式会社NOLTYプランナーズへ出向し働いており、今でも能率手帳ゴールドを愛用されています。



1980年代はパソコンが世の中に普及し始めた頃ですが、僕はまったく逆のアナログな方に興味があり、社団法人日本能率協会に入職しました。能率手帳の良さと、週休二日が魅力的で(笑)。



▲能率手帳ゴールドの発行元は、今は株式会社日本能率協会マネジメントセンターという社名ですが、当時はまだ一般社団法人日本能率協会でした。



営業見本の能率手帳がたくさん用意されていて、カタログと一緒にカバンへ詰め込んで、お客様のところに訪問するスタイルでした。僕たち職員も使用してよく、その中のひとつに、能率手帳ゴールドもありました。当初は今は廃盤になってしまった弊社のある手帳を使っていたんです。すると数ヶ月で壊れてしまって・・・それで普及版の能率手帳に切り替えました。すると、全く壊れないんです。社員ですが改めてその丈夫さに惚れましたね。そして3〜4年経ち、そろそろいいかなと思い、新人のうちは手を出しにくかった能率手帳ゴールドにしたんです。書き心地、耐久性などがすごく良かったので、それからずっと使い続けていますね。



 

▲1985年版から2002年版までずらっと並んだ太田さんの能率手帳ゴールドたち。使い込まれた革の風合いが写真からでも分かります。実は2000年版だけ年号表記が4桁になっている特別版でした。



今とは違い、出先でお客様に連絡するのは公衆電話を利用する時代です。お客様の電話番号などを書き留めていた手帳はいつも持ち歩いていたし、ポケットに突っ込んだりハードに使っていたので、軽くて壊れない能率手帳ゴールドは、大事な仕事道具。



▲仕事の内容がびっしりと書き込まれていた太田さんのゴールド。一番忙しい時は30分刻みで予定が入っていたそうです。



能率手帳ゴールドは一年間しっかり働いてくれる相棒でした。本当に今見返しても、書いてあることはほとんど仕事のことだけですけどね。



2002年ぐらいに営業から制作の部署に異動したんですが、そこであらためて能率手帳ゴールドは非常に手間がかかっている商品だとより理解することができました。表紙の革の選定はもちろん、質感や仕様、用紙にもこだわりがあるし、表紙と本冊をセットするのも手作業ですから。現場の人の判断や職人さんの経験が活かされるのを目の当たりにして、ちょっと単なる手作業ではなくレベルの違う手作業だというのを実感しました。


毎年、自分の父親と義弟には能率手帳ゴールドを贈っていますが、やはりこれが一番いいと二人から感謝されています。父は能率手帳ゴールドを日記として使っているので、実家に帰り一日の終わりに丁寧に書いている姿を見ると、うれしく思います。実を言うと、父はずっと能率手帳のファンで、昔から使っているんです。入職したのにも、父親の影響が多少あったかもしれないですね(笑)。




編集後記

島田さんも太田さんもオンラインでお話を伺ったのですが、画面越しでも10冊以上並ぶ能率手帳ゴールドは圧巻でした!取材した事務局スタッフも思わず、「おぉ〜!」と声が漏れてしまったほど。

お二人とも、能率手帳ゴールドの好きなところとして話されていたのが「耐久性」と「書き心地」。旅先や営業先だと丁寧に手帳を扱うというよりは、すぐしまって、すぐに取り出せ、ハードな使い方にも耐えられる丈夫さが大切なんだそうです。どんな時も使う人が主役の能率手帳ゴールド。使う方に寄り添った手帳作りを続けてきたからこそ、何十年も使ってくださり、そして保管していただけているのだと思います。これからも、能率手帳ゴールドはこだわりを大切に、作り続けていきたいと思います。



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11月に第二弾の限定商品が登場しますのでお楽しみに!

 

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