時間〈とき〉ラボ運営事務局 さん
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「ラグビー史上最大の番狂わせ」とも言われた、2015年のラグビーワールドカップでの活躍、翌年のリオオリンピックでの健闘など、ラグビー日本代表は、今やスポーツ界の「台風の目」ともいえる存在だ。
躍進する日本代表チームの選手や監督などのスタッフをコーディネートし、勝利へのサクセスロードを設計したのが、当時のジェネラルマネージャーを務めた岩渕健輔氏である。 「強いチームをつくる」岩渕氏の時間デザイン感とは。
岩渕健輔(いわぶち・けんすけ)
日本ラグビーフットボール協会 Team Japan 2020男女7人制日本代表総監督
1975年東京都生まれ。青山学院大在学中に日本代表初選出。卒業後の98年に神戸製鋼入社後、ケンブリッジ大学に留学、2000年にイングランドプレミアシップのサラセンズ入団。その後フランスのコロミエ、7人制日本代表の選手兼コーチなどを経て、2009年に日本協会入り。2012年に日本代表ジェネラルマネージャーに就任、2015年のラグビーワールドカップイングランド大会では、グループリーグで3勝を上げ、翌年のリオ五輪では7人制代表が強豪のニュージーランドを破り4位に入賞するなどの成績を残す。2017年1月、Team Japan 2020男女7人制総監督に就任。現役時代のポジションはスタンドオフ。日本代表通算キャップ20。
端的に言えば、チームづくりのプロセスをデザインする仕事でしょうか。目標の設定やコーチやスタッフの招へい、選手が所属するチームとの調整、さらに合宿や試合の設定や対戦相手の検討など、チームを強くするための設計を担っていました。
日本代表は男女とも、15人制のチームと「セブンズ(※)」と呼ばれる7人制のチームがあります。私はその4つのチームの強化を手掛けています。
※7人制(セブンズ)ラグビー:グラウンドのサイズもルールも15人制のゲームと実質的に同じだが、1試合7分ハーフで行われ、1日に数試合行い、2日間程度で大会が完結する。国際大会も盛ん。
自分の体は1つしかありませんし、1日に与えられた時間は24時間と決まっています。限られたリソースをどう配分するかを常に考えないといけませんが、各チームに注ぐリソースを均等にするのは得策ではないと判断しています。
私は2012年にGMに就任しましたが、2015年には男子のラグビーワールドカップ、2016年にはセブンズのオリンピックという、ビッグイベントを控えていました。
そこで、男子はラグビーワールドカップまでは15人制チームに重点を置き、女子はセブンズに力を注ぐようにしました。15人制とセブンズ、そして男子と女子では性質の違いもありますが、共通項もたくさんあります。まずは男子の15人制と女子のセブンズに力を注いだことで、最終的にどのチームにもまんべんなくよい影響が及んだと思います。
そのままでは10しかない時間や力量を12、13に増やすには、1つのところに注力して得られた知見を、他に活かす必要があると考えました。
また、自分の経験だけでチームづくりをデザインしていては、4年間で成果を出すのは難しいと思いました。そして自分が経験していない時間を得るには、他の人の経験を活かすしかありません。そこで、本当にいろいろな人にヒアリングを重ねました。過去の日本代表の先輩方や、他のスポーツの指導者、さらに企業の人にも話を伺い、チームビルディングの在り方を探りました。
これまでの日本代表は、残念ながら「勝てない」チームでした。それをベスト8まで残るようにするのですから、これまでのやり方を刷新する必要があるだろうと思いました。
しかし他の国も年々進化していますから、同じことをしていては追いつくことはできません。そこで「世界一」をキーワードに、「日本にしかできない」チームづくりを模索しました。
「世界一のスタッフ」に、「世界一の強化プログラム」を敷き、さらに「世界一ハードなトレーニング」で「世界一の準備」を重ね、そして「世界一のマインドセット」を図ること。中でも「マインドセット」が最も重要だと感じましたね。
はい。ラグビーワールドカップは、1987年に始まり、2015年のイングランド大会まで8大会行われていて、日本は全大会に出場していますが、これまで1勝しかしたことがありませんでした。特に、相手に145点を取られて大敗した1995年のニュージーランド戦のインパクトがいつまでも拭えないでいました。選手だけでなくスタッフにも「日本代表は勝てない」というムードが蔓延していたのです。しかし他の試合に目を向ければ、負けても内容の良かったものや、引き分けや僅差の試合もありました。過去の呪縛を解き、マインドセットを転換して「自分たちは勝てる」という心構えを持てるようにする必要がありました。
世界一のマインドセットを図るには、「世界一のスタッフ」の力が必要でした。特に現場でチームの強化を図るヘッドコーチには、結果を出せる人材がマストだった。そこで声をかけたのが、エディー・ジョーンズ氏でした。
ストイックさと柔軟さ、高い指導力を備えた彼は、過去にはオーストラリア代表をラグビーワールドカップで準優勝させた実績もあるし、日本での指導経験も豊富です。4年という短期間でチームを変えるには、ジョーンズ氏がベストだと思いました。
彼とは、マインドセットについても随分話し合いました。勝てるチームにするには、選手たちが自ら「勝てる」と思えるようになることと、それには行動に主体性を持たせる必要があると、2人の認識は一致しました。
はい。ただし、勝手気ままに動いていいという意味ではなく、勝つために何をするべきかを自分たちで考えて判断し、行動に移せるかどうかが問われます。またその力を養うには、「勝てる行動とはどういうものか」を体得する必要があります。さらに私たちには、2015年というタイムリミットもあった。
そこでジョーンズ氏が実践したのが「ハードワーク」です。日本代表が強くなり、競合相手と互角に戦えるように準備をするには、圧倒的な練習量が必要だというわけです。体力もスキルも、メンタルも、ハードな練習を通じて高めていく手法を取りました。
そうですね。ですが、ただ闇雲にメニューをこなすだけでは意味がありません。いろいろなやり方で考える機会を設けていました。例えば、合宿では朝の5時からトレーニングを始めますが、1回のトレーニングはそれほど長い時間をかけません。1日に4セットほどの練習やミーティングを設定し、その間はトレーニングと同じくらいのインターバルを設けていました。激しいトレーニングに集中して臨めるように、練習と練習の間はしっかりと休息を取ることも、選手の仕事です。ONとOFFのメリハリをつけた1日の過ごし方を、自分でデザインするのです。
また選手たちの間にリーダーズグループを設けて、彼らが選手たちを率いる仕組みや、バディシステムを採用して、自分たちで練習を振り返ることや次の日の目標設定を行うようにしました。
ジョーンズ氏は非常に厳しいですし、要求も高い。鬼軍曹という言葉は、彼のためにあるようなものでした。ですから、選手たちの反発があったことも確かです。しかし、勝つチームになるためには猛練習に耐えて、自分たちで考えて行動できるようにならなければならないことを、選手も理解していました。
選手たちが本当の意味で、主体的に行動できるようになったのは、ラグビーワールドカップの直前ですね。初戦の南アフリカ戦での終了間際の逆転劇が、ジョーンズ氏の指示に従わずに選手たちでプレーを判断したことから生まれたことは、ご存じの方も多いと思います。あれはヘッドコーチのジョーンズ氏への反抗とも言えますが、それは彼自身の望むチームの姿でもありました。
15人制はチームの実力がそのまま結果に表れるというか、番狂わせは起こりにくい一方、セブンズはちょっとしたことで流れが変わります。ですから、序盤の時間の使い方も違います。セブンズは試合開始からトップギアで入るのに対し、15人制では最初の10分程度は、お互いの様子見のような雰囲気があります。しかし最近は、それも少し違うように感じています。
日本代表がなかなか勝てない理由のひとつに、「残り20分で失速する」と言われていました。これを克服するために“残り20分”だけに目を向ければよいのかというと、それは違います。そこに至るまでのゲームメイキングに課題があるわけで、むしろ最初の10分間の進め方にこそ解があるとも言えるのです。試合時間が長くても、無駄にできる時間は存在しないということです。
他のスポーツを観る機会も増えたせいか、時間の重みを考えることもあります。
例えば陸上競技の100m走では、たった10秒弱でメダリストが決まります。世界のトップアスリートたちは、そのわずかな時間に全てを賭けて、オリンピックに向けた4年間という時間を捧げます。彼らにとって0.1秒はおろか、0.01秒に対する価値は相当なものです。そして彼らは、本番はたった一人で勝負に挑みます。
一方ラグビーの場合は、フィールドには15人の仲間がいますし、80分間という時間の中で勝敗を決めるゲームです。
でも本当は、100m走選手に負けないくらいの気構えで、80分間という時間を無駄にせず勝ちを取りにいくべきではないかと。日本代表の選手たちには、1秒に対する価値を真剣に考えてほしいと思いますね。時間に対する意識の変化は、プレースタイルにも表れてくるはずです。
はい。特にこれからを担う若い選手には、ぜひ多様な考えを取り入れられる応用力を期待したいですね。
ジョーンズ氏はとてもストイックな人でしたが、新しい発想や自分にはないものを受け入れる柔軟さに富んでいました。日本代表のスタッフには、彼の故郷のオーストラリア人のほか、イングランド人やウェールズ人、フランス人のコーチもいました。そして選手も日本人だけではありません。各国からさまざまなバックグラウンドを持つ人たちが集まりました。これだけ多様性に富んだチームをマネジメントすることは、おそらく日本人では無理でしょう。
そしてジョーンズ氏は、代表選手を選定するにあたって、「彼はコーチャブルだろうか?」と私に確認することが度々ありました。コーチャブルとは、コーチの指導を上手く受け入れられることをさします。自分の軸を持ちつつも、型にはまらずにしなやかに成長できる選手を求めていたのだと思います。
「常識を疑う」というのも大切です。GMの仕事をするにあたって、私が常に意識していることです。
人は常識という“枠”をつくった途端、それ以上には成長できないのではないでしょうか。選手を見ていて特にそう感じます。これまで日本人選手は、「パスが上手い」とか「手先が器用だ」と言われてきました。ですが、果たして本当にそうなのか。その常識にとらわれずに冷静に分析すると、実はそうでもないということが分かってきます。
日本人はあまり得意とはいえませんが、自分自身を客観視したり、時には批判したりする時間も大切だと思います。枠組みを外すことで広がりが生まれ、自分も一歩先に前進できるはずです。
2012年からの取り組みを振り返ると、一定の成果は挙げられたと思います。しかし、当初設定した「ラグビーワールドカップベスト8進出」「セブンズのリオオリンピック、メダル獲得」という目標は達成できなかったわけですから、諸手を挙げて喜べるかというと、そんなことはありません。大切なのは、この先をどうするかです。
これまでの日本代表は、ラグビーワールドカップを見据えてプロジェクト型で強化を図ってきました。しかしこの方法では、チームが解散すればまたゼロからやり直しです。一方、世界を見る限り、長く強豪に君臨するチームには、ラグビー文化が根づいていて、選手の世代交代があっても、その文化が確実に引き継がれています。
ですから今後は、強い日本代表をつくり上げるための継続的なシステムを構築し、「ハードワーク」や「入念な準備」「マインドセットの強化」という、新たに生まれた「日本代表の文化」を継承できるようにすることが必要だと考えています。
男子15人制のヘッドコーチにニュージーランド代表として活躍し、日本のトップリーグでもプレー経験のあるジェイミー・ジョセフ氏を招へいしました。彼はジョーンズ氏ほど管理型タイプではありませんが、だからといって放任型のコーチではありません。日本代表が真の主体性を持つチームになるには、ジョーンズ氏の後任として彼がベストだと思いました。
そして世界最高峰のリーグである、スーパーラグビーへの参戦です。強豪国として世界のラグビーを引っ張るニュージーランド、オーストラリア、南アフリカ、アルゼンチンの各チームが参戦します。日本のサンウルブズも他の国のチームと同じように、メンバーは国内リーグや大学などに所属する選手を招集して編成します。サンウルブズに所属する選手は日本代表候補でもあり、彼らを中心に代表メンバーを選考する仕組みです。
スーパーラグビーへの参戦により、5カ月間にわたって15戦のハイレベルな試合を経験できると同時に、継続的に「日本代表の文化」を実践する場になりますから、意義のある取り組みだと信じています。
個人の時間管理は手帳がメインで、大きめのウィークリータイプのものを使っています。それにスマートフォンで予定を確認できるよう、クラウドのカレンダーも併用しています。
2019年に向け、前回大会が終わった直後に次のロードマップを完成させました。4年間の合宿の時期や場所、強化試合のスケジュールも、全て決まっています。このスケジュール表は常に持ち歩いています。
日本のラグビーが認知され、もう一段アップするには、しっかりと結果を残すことが求められています。それには、いかにして結果を残せるスケジュールを立てられるかがカギになります。
なぜなら、何事においても予定を上回るような結果を得ることは非常に稀であり、ふつうは「予定通りの結果」が最大の成果であることがほとんどだからです。ですから、綿密なスケジューリングと、抜かりない準備が目標到達には欠かせません。
これまでラグビーは、日本国内ではそれほどメジャーなスポーツではなく、一部のファンに支えられていた存在でした。しかし、ラグビーワールドカップやオリンピックで一定の成果を残したことにより、世間の注目を集めています。
こうしたチャンスが訪れるのは、ほんの一瞬です。2019年とその翌年のオリンピックの結果が、その後のラグビー界を決めると言っても過言ではありません。今の私の立場は、4年、8年といった中期のスパンでなく、40年、50年と、ラグビーの文化を未来につなげる役割を担っているのだと思います。
※この記事は【時間デザイン研究所】に掲載されていた記事を転載しています。内容は掲載当時のものです。