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【小説家・朝井リョウさん 前編】自分が立つこの場所はどこなのか、その場所にあるものは何なのか___そんな問いを書き続けて。

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大学在籍中に『桐島、部活やめるってよ』で小説すばる新人賞を受賞し、文壇デビューした朝井リョウさん。直木賞はじめ様々な文学賞の受賞を経て、デビュー15周年となる昨年刊行したのが『イン・ザ・メガチャーチ』です。先頃、同作で第23回本屋大賞を受賞した朝井さんに受賞の感想、作品が生まれた背景、デビューから現在に至るまでの変化などをお聞きしました。


朝井 リョウ(あさい りょう)

1989年、岐阜県生まれ。2009年、『桐島、部活やめるってよ』で小説すばる新人賞を受賞してデビュー。『何者』で直木賞、『世界地図の下書き』で坪田譲治文学賞、『正欲』で柴田錬三郎賞を受賞。ほかの著作に『スター』『そして誰もゆとらなくなった』『生殖記』など多数。


聞き手:日本能率協会マネジメントセンター代表取締役 張士洛(ちょう しろう)



ビジネスパーソンからの反響も大きかった『イン・ザ・メガチャーチ』


− 今回が3度目のノミネートとなった本屋大賞。ついに大賞を受賞されまして、本当におめでとうございます。率直にお気持ちをお聞かせいただけますか?


朝井:まずは、ものすごく嬉しいという気持ちが強いです。そして、自分の作品はもともと本屋大賞向きではないのかなと思っていたところがあるので、今回の受賞には驚きも感じています。今回は、従来の受賞作のようなフィクション性の高さよりも、世間の空気のような部分がより強く反映されたのかなとか、結果の意味を考えさせられました。

 


−「メガチャーチ」という言葉はあまり聞き慣れないものなのですが、『イン・ザ・メガチャーチ』はどんなきっかけから発想され、書かれていったのですか?


朝井:フルコースで話すと非常に長くなるので、かいつまみますね。まず触れていただいた、メガチャーチの部分です。私はもともと人間と依存の関連性とか、そういうことを調べるのが好きなんですが、その周辺の資料を読んでいる中で「メガチャーチ」という言葉に出会ったんです。メガチャーチは、主にアメリカの宗教右派が集う、地域に根ざした2000〜3000人ほどを収容できる大きな教会のこと。2020年あたりからポツポツとメガチャーチに関する情報が出始めてきて、影響力が増大していることが分かってきました。

 


− 日本人には想像しにくいかもしれませんが、アメリカにはそういった巨大な宗教施設がたくさんありますね。


朝井:日本にいるとメガチャーチどころか教会自体に馴染みがないですよね。でも考えてみれば、この狭い島国で、アーティストが47都道府県ツアーをできるくらい、数千人規模を収容できるホールがたくさんあるんです。他の国ではそうはいかない、というような情報を得たとき、「メガチャーチとして機能しうる器は存在するんだな」と思いました。アメリカのメガチャーチのようには使われていないだけで、すでにそのような環境は整備されている。それは自分にとっては結構ハッとする気づきでした。


− ファンダム※経済を描くきっかけは、その気づきにあったのでしょうか?


朝井:ひとつのきっかけにはなりました。あとは、“外出と支出”についての気づきも大きかったです。コロナ禍以降、リモートでできる仕事も増え、イベント等も配信されることが増えました。家の中で何でもできるようになり、小説を書きながら、登場人物を外へ出すことがすごく難しくなったと感じるようになりました。加えて国全体として経済的な厳しさが増す中で、“外出と支出”は目減りしている印象でした。ただ、ファンダムと呼ばれる場所では、それらがむしろ膨張しているように思えたんです。全体として減少傾向にある“外出と支出”がむしろ増大している場所には一体何があるのか。その部分を探れば、今の時代、人間を突き動かしているものの正体に触れられるのではと思いました。



− 私はこの作品を、経営者視点で読んだ面もあります。マーケティングの要素が満載で、自分がマーケティング分野で育ってきたビジネスパーソンなので非常に興味深かったです。


朝井:日経BPから出版されたということも影響しているのか、今作はこれまでの作品以上に、ビジネスパーソンの方々からのリアクションが多いように感じています。顔と名前と所属先を明かしてSNSを運営している方の反響が過去一番多いです。この本が「ビジネスに活かせそう」というような感想が出てくるとは想像していなかったので驚きました。


− 本屋大賞は書店員さんが深く関わっている文学賞ですが、書店員さんからの反響で印象深いものはありましたか?


朝井:この小説は冒頭から、「やってこなかったことが還ってくる」というフレーズが何回か出てくるのですが、それに対してある書店員さんは「この後悔の仕方は、やればできたという驕りの裏返しでもある」といった感想をくださいました。それを読んだ時、久保田という登場人物の痛いところを突いているなとハッとして、すごく印象に残りました。また、久保田とは年齢も性別も異なる若い女性読者から「自分と同じ感じがする」と言っていただけることもあり、多くの人が何かしらのかたちで「久保田の欠片」みたいなものを持っていたりするのかな、とも思いました。


− 今作を書くにあたってどんなリサーチをしましたか? 何か特徴的なインプットがあれば教えてください。


朝井:私はあまり取材をしないタイプの作家で、例えば今回は音楽業界のことを書いていますが、音楽業界の方への取材とかは全然していないんです。ただ、今作を書くにあたってメインの語り手3人の経済状況は大切にしたかったので、そこは編集部の方々に情報収集をお願いしました。細かく書くにせよ書かないにせよ、各人物がどういう経済状況にあるのか、その背景と言動が一致するように心がけました。ドラマなどを見ていて、全然お金がない設定なのに2LDKの家に住んでいるとかを見ると私は集中できなくなっちゃうんです。


特に今回の作品はファンダム経済を描くという点で経済的な要素はとても重要だったので、現代の世代ごとの平均年収や支出など調べてもらって、その情報を参照しながら書き進めていきました。あと、私は留学についても知識が浅かったので、そこも取材をしました。

 


− なるほど。だからこそ、経済面からそこに関わる人物の描写すべて、共感性がすごく高かったんでしょうね。共感もありながら、救いもあり怖さもある物語だと感じましたが、こんなふうに読んでほしいという願いはありますか?


朝井:私からの希望は特にないです。どんなふうにでも、自由に読んでいただきたいです。


※ ファンダム:特定の人物や作品等のファン集団のこと



どの小説も、生まれるきっかけは何かしらの「違和感」


− 朝井さんの作品はいつも、その時代の空気、その時々の人間感の描かれ方が秀逸で印象的です。作品のテーマはどんな感性で見つけてきているのでしょうか?


朝井:そもそも私は小説を書いている感覚が薄いんです。フィクション、特に大衆小説やエンタメ小説というのは、主人公が他者や社会に影響を与えたり、影響を受けたりしながら何かを果たす、変化する、変化させる、といった形式のものが多いと思っています。その軌跡に成長や共感や感動や絶望を見出す、というか。


でも私は、まず主人公が存在しているこの“現実”とは何なのか、私たちは一体どこに立っていて、この足元には何が組み敷かれているのか、というほうが気になってしまうタチなんです。起承転結で楽しませるというよりは、「自分が立っている場所はどこなのか」を考えることが小説につながっていくケースが多いんです。


特にこの数年はそういう傾向が強くて、それはあまり大衆性にはつながらないようにも思っています。人間を書きたいというよりは現象を書きたいというか、人間が存在する共同体の構造のほうに興味が湧いてしまうんです。

 


− 起承転結の「結」で終わらない、物語を描き切らずに言わば「問いかけ」のようなかたちで終わる小説もありますね。


朝井:私はまさにそういったオープンエンドのような作品が多いですね。それを好まない方も多く、申し訳ない気持ちもあります。ただ自分としては、どれだけリアリティのあることを書いても、ちゃんと物語を終わらせた瞬間にすべてが嘘っぽくなってしまう感覚もあるので、すみませんが好きなようにさせていただきます、こればかりは癖なので、という気持ちです。


− でもそれこそが朝井さんのスタイルなので、よいのではないでしょうか。読者が自分で考えるというのも、本の楽しみの一つだと私は思っています。


朝井:時間とお金をそれなりに費やして読んで、最後に放り投げないでよ! ちゃんと結末を教えてよ!と私自身が言いたくなるときもあるので……ただ、それを果たしてくれる書き手は他にたくさんいますし、いろんな種類の書き手が同時に存在することが大切だよな、と開き直っています。

 


− 初期の頃と現在とでは、やはり作品が変化したと感じますか?


朝井:感じます。初期はとにかく焦っていたというか、とにかく「この仕事で食えるようにならなきゃ!」と思っていましたし、例えば「年に2冊は出さないと忘れられちゃいますよ」と言われれば「そうなんだ!」という具合に、言われたことを信じちゃっていました。あなたを気持ちよくしますよ、という態度を見せなければ本を手に取ってもらえないと思っていたので、読者をマッサージする感覚で、ちゃんとツボを押すことを意識していた部分があったと思います。


でも今はありがたいことに「食えるように」「忘れられないように」というのとは違うモチベーションで書けているというか、相手の要求に応えるというよりは、こちらの癖や衝動を重視して作品に臨めるようになりました。これは大きな変化です。


− 顧客対応型から、完全に今はプロダクトアウト型になったわけですね。一方で、変わらずに一貫して作品に共通している部分はありますか?


朝井:基本的に私は「違和感」みたいなものから小説が始まることが多くて、その感覚が「怒り」のレベルにまでいっている作品もあるけれど、でも共通項としては「違和感」が最もぴったりくるように思います。それは読者のツボを押すことを心がけていた初期の頃から今まで、あまり変わらない点ではないでしょうか。


そして、今作を含め『正欲』や『生殖記』、もっと遡れば『死にがいを求めて生きているの』、『どうしても生きてる』を含めた2019年以降の作品は、「生きる推進力」というのが通底しているテーマかなと思います。

 


【後編につづく】

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