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【放送作家・脚本家 小山薫堂さん】旅は、手帳の上で二度始まる。旅日記と時間のデザイン術

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「わたしの時間〈とき〉デザイン」では、時間〈とき〉をデザインしている方の取り組みや考え方、ライフスタイルのMyルールなどをご紹介していきます。


今回お話を伺ったのは、映画「おくりびと」「湯道」の脚本を手掛けるとともに、人気キャラクター「くまモン」のプロデュースや料亭「下鴨茶寮」の主人を務めるなど、幅広く活躍する脚本家の小山薫堂さんです。旅先で旅日記をつけることを習慣にしているという小山さん。旅先で何を書き留め、それが日常をどう彩るのか。旅の時間を豊かにし、人生そのものを企画化する「旅日記と時間のデザイン術」について、じっくりとお話を伺いました。


 ▲小山薫堂氏 (撮影・田中 庸介 TANAKA Yosuke)


■小山薫堂(こやま・くんどう)

放送作家、脚本家。大学在学中に放送作家としてデビュー。「料理の鉄人」など数々の人気番組を手がける。映画「おくりびと」の脚本を担当し、第81回アカデミー賞外国語映画賞を受賞。「くまモン」の生みの親としても知られる。2025年日本国際博覧会(大阪・関西万博)では、シグネチャーパビリオン「EARTH MART」を手がけた。現在は2026年3月に開業した「MoN Takanawa」の総合プロデューサーを務めるなど、多方面で活躍中。



旅は日常の延長。旅日記には、起きた出来事から出会った「変な人」まで書き留める


ーー小山さんは以前、50歳を機に1カ月に及ぶ長期の旅をされたそうですが、小山さんにとって旅とはどのようなものでしょうか。また、旅日記をつけ始めたきっかけも教えてください。


僕にとって旅は、「旅に行くぞ!」と意気込むような特別なものではなく、日常の延長線上にあるものというイメージなんです。旅を通して得た経験は自分の中に蓄積されています。そして、何かの場面に出くわした時に、その蓄積が化学反応を起こし、企画が生まれたりするわけです。だから、いろんな経験はしておいた方がいいと考えています。


現代は便利ですから、分からないことがあれば検索すればすぐに分かります。でも、そうなると自分の中は空っぽで、常に外部のハードディスクにある情報を参照しているようなものです。必要な時に検索するだけでは、化学反応が起こりにくい。


やはり、自分の中に無駄な情報や余白、記憶に残る経験があるからこそ、何かに出会った時にパッとひらめくものがある。その経験を自分の中に蓄えておくための器が、手帳なんじゃないかなと思います。


そもそも、僕は、自他共に認める「思い出マニア」でして。学生時代にニューヨークで飲んだ牛乳瓶が捨てられないくらい、思い出をとどめておきたいタイプなんです。そんな自分の時間をストックしておくために、いつからか海外へ行く際には旅日記をつけるようになりました。


▲旅の手帳には、イギリス王室御用達としても知られるスマイソン(SMYTHSON)を愛用しているという


ーー旅日記には、どのようなことを書き留められているのでしょうか。


まず、今回の旅へのワクワク感や、旅先で起きた出来事を書きます。ですが、「印象深い」と思ったことだけを書き留めるのではなく、「これって変だな」と感じたことや、街で見かけたユニークな人など、ふと心が動いた瞬間に目を向けるようにしています。そうすることで、後から見返したときに格段に面白くなるんです。


大きな出来事は書き留めなくても忘れませんが、日常の隙間で感じたささいなことは、すぐに忘れてしまいますからね。以前ニューヨークで、赤いスカートをはいたおじいちゃんがスケボーに乗って通り過ぎるのを見たときは、思わずメモしましたね。見るからに変でしたから(笑)


あとは、ホテルの部屋の間取りですね。一度泊まったその部屋には、もう二度と来られないかもしれない。そんな部屋との「一期一会」を大切にしたいと思っています。ベッドやバスルームの位置をイラストで記しておくと、後で読み返したときに、その部屋の匂いや空気感まで鮮明に思い出すことができます。


▲旅日記に書き留められたホテルの間取り


出会った人の名前や連絡先、当時の現地通貨のレートなども記録します。今は1ドル160円前後ですが、昔はもっと円高の時代がありました。僕は1ドル78円の頃に両替したドルをずっと持っていたんです。最近アメリカに行った時も、自分の中では「1ドル78円」という感覚でお金を使うので、買い物をするたびにものすごく得をしているような気分になれる。それが密かな楽しみですね。


ーー旅日記を書くのは、旅のどのタイミングが多いのでしょうか。


旅へのワクワク感を書き留めるのは、主に空港で出発を待つ間です。ただ、実際につづる内容は、旅の予定以上に「今どんな仕事に苦しんでいるか」「果たしてこの仕事は無事に終わるのか」といった、その瞬間の自分の内面や不安であることが多いですね。旅という非日常の時間と、その時に抱いている感情を紐付けることで、当時の記憶をより深く刻み込もうとしているのかもしれません。一方で出来事に関しては、旅の最中にはあまり書かず、最後に日本へ戻る機内で旅全体を振り返りながらまとめていますね。



「神様にフェイントをかける」生き方で、いつでも人生に冒険を


ーー以前、別メディアのインタビューで小山さんがおっしゃっていた「神様にフェイントをかける」という言葉を拝見しました。


非常に印象的なフレーズですが、具体的にはどのような考え方や意図を指しているのでしょうか? また、最近実際にフェイントをかけてみたエピソードなどがあれば、併せて教えていただけますでしょうか。


「神様にフェイントをかける」というのは、 簡単に言えば「冒険をしたい」という姿勢なんです。自分の予想の範囲内でしか行動しないと、新しい世界は見えてきません。だから、あえて予想を裏切るような行動をしてみるんです。


例えば最近の出来事で言うと、僕は銭湯が大好きなんですが、「電気風呂」だけは怖くて入れなかった。ラジオで「あんなビリビリするところに入りたくない」と話していたら、後日、ディレクターが「電気風呂愛好家」の方をゲストに呼んで、入り方を伝授してくれたんですよ。 まず、指先は最も敏感なので、そこから浸けると一番ビリビリを感じてしまう。でも体の中で最も鈍感なお尻からゆっくり浸かれば入れます、と。 


そのアドバイスを頼りに翌週、人生で初めて「神様にフェイントをかけて」電気風呂に入りました。入った瞬間、周りの視線が「あいつ、電気風呂に入っているぞ!」という尊敬の眼差しで見られているように感じて、その場を制したような気分になりました(笑)。


ちなみに、電気風呂に挑もうと思った最大のポイントは、専門家の方に「電流は単3電池一本分なんですよ」と聞いたことでした。「なんだ、自分は単3電池一本分にビビっていたのか」と決意が固まったんです。これもささいな挑戦ですが、僕にとって、「新しい扉を開く」という意味ではこれも立派な旅なんです。


ーー 小山さんはお仕事柄、人一倍、日常のささいな変化を捉えていらっしゃるように感じます。そういったことは普段から心がけているのでしょうか?


「多くを見る」というよりは、「多くの人の気持ちに寄り添う」というイメージの方がしっくりくるかもしれません。世の中で起きる出来事が、誰の、どのような気持ちから生まれているのかを考える、ということです。


例えば、僕は「人生に最も似ている行動は運転だ」と思っています。運転には、想像以上にその人の考え方が表れます。いわゆる「上手な運転」には、3つの要素が必要です。1つは、前の前の車の動きまで読む「前方予測」。2つ目は、ここでブレーキを踏んだら後続車はどう感じるかを考える「後方への配慮」。そして3つ目が、隣を走る車の動きを慮る「横との調和」です。


自分の目標を、目先だけではなくどれほど遠くに据えられるか。お世話になった人や、自分の後ろを歩む人たちに、どれだけ感謝して過ごせるか。そして、隣で競り合っているライバルとどう向き合うのか。これって、人生における目標設定や周囲への向き合い方と、まったく同じだと思いませんか?


ーー小山さんは旅行中にお写真も撮られると思うのですが、旅の記憶を残すという点で、写真と手帳をどう使い分けていますか?


僕の中で、写真はどちらかというと、「この景色を飾りたい」、あるいは「これを撮って誰かにプレゼントしたい」と思って撮るものですね。ですから自分自身の記録というよりは、作品的なイメージの方が大きいかもしれません。手帳の方が、ずっと内面的なものですね。

 

▲パリ旅行中の写真(撮影:小山薫堂)


ラジオも同様ですが、映像がない方が、実物を直接見るよりも頭の中でいろいろなものを想像できる。ですから、文字に残している方が、より深く心に刻まれる感覚はありますね。



旅日記には、あえて「どうでもいいこと」を書くといい


ーー旅日記を実践してみたいという読者の方も多いと思います。旅日記をつける上でのアドバイスをいただけますか。


記録するということは、つまり「一瞬一瞬を慈しむ」ということだと思います。メモを書き留めるという行為は、その瞬間を愛おしく感じたときに、「この一瞬さえも忘れたくない」と願う気持ちが形になったものなのではないでしょうか。


ポイントは、大切なことだけをメモするのではなく、「絶対に忘れてしまうだろうな」という、つまらないことを書き留めておくことですね。そういうことをメモしておくと、意外と後で面白くなるんですよ。本当に大切なことや強烈に印象に残ったことって、書かなくてもきっと覚えていますから。


でも、ふと街を歩いていて、すれ違ったワンちゃんがすごく面白い名前で呼ばれていた…といったどうでもいいことが、後々の面白さや、何かのふとしたきっかけになったりすると思うんですよね。その瞬間にメモすることはできなくても、一日を振り返った時、あるいは旅の帰り道で、「なぜか印象に残っていること」を書くようにするといいんじゃないでしょうか。


ーー 最後に、この記事を読んでいる「時間〈とき〉ラボ」のユーザーの皆さんにメッセージをお願いします。


人間は、広い自然界の中で唯一、自分が捕食される心配をせずに「どう幸せになるか」を悩める、希有な生き物だと思っています。今の日本という平和な時代に生まれ、こうして記事を読める余裕があること自体、本当に幸せなことなんですよね。


自分の命をつなぐために、どれだけ多くの命をいただいているかを考えたら、自分自身が楽しく生きることこそが、世界への最大のお返しになると思っています。


だからこそ、好奇心を持ってさまざまなことに挑戦してほしい。苦手なものに向き合ってみたり、電気風呂に一歩踏み出してみたり。神様をほどよく裏切りながら、一瞬一瞬を慈しんで過ごしてください。

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