時間〈とき〉ラボ運営事務局 さん
「わたしの時間〈とき〉デザイン」では、時間〈とき〉をデザインしている方の取り組みや考え方、ライフスタイルのMyルールなどをご紹介していきます。
デジタルツールの普及により、スマートフォンなどでスケジュール管理を行うケースが増えました。それでも、ふとした時に「手帳を開きたくなる瞬間」がある人も多いのではないでしょうか。また、旅の思い出や読書の記録を書き留めえる「ログ(記録)」として手帳を楽しむ人も増えています。
今回お話を伺ったのは、「文具王」として知られる高畑正幸さんです。文具メーカー勤務を経て、現在は文房具の解説やYouTubeでの発信、自ら開発した便利グッズを販売する「文具王工作室」の運営など、文房具の魅力を多角的に発信。 今回は昨今の手帳トレンドの変化や「手書き」の効用など、手帳のあり方についてじっくり語っていただきました。
▲文具王として活動する高畑正幸さん。SNSや動画で文房具の魅力を発信し続けている
——高畑さんの現在の活動について教えてください。
文房具メーカーで13年間勤務した経験を活かし、現在はフリーランスとして文房具メーカーのコンサルティング、商品企画、Webサイト「文具のとびら」の編集長、動画やSNSでの情報発信、さらにはECサイト「文具王工作室」の運営など、幅広く活動しています。近年は、これまでの文房具の歴史を「まとめて残す」ことに使命感を抱いています。デジタル化が加速する現在、文房具がこれまで担ってきた役割やその変遷を、記録として後世に伝えていきたいと考えています。
▲高畑さんの自宅には、数多くの貴重な文房具がずらりと並ぶ
——「文房具が担ってきた役割」とは、どういうことですか。
情報の「処理」「記録」「伝達」です。ただ、個人的には⽂房具の役割はすでに「ほぼ終わっている」と考えています。平成の30年間でインターネットが普及し、文房具が担ってきた機能がデジタルに置き換わってきたためです。例えば、昭和後期のビジネスマンは大半が手帳を使いこなしていましたが、令和の今はスマートフォン一台で事足りる人がほとんどですよね。
⼈類は、約5500年も前から粘⼟板に⽂字を刻んできました。しかし、コンピュータが登場してからわずか50数年かけて積み上げてきた「物理メディアへの記録」はデジタルへと劇的に移行しています。私たちは今、歴史の大きな転換点に生きているのです。
——手帳の役割は、どのように変化してきたのでしょうか?
日本における手帳の歴史は、明治時代に福沢諭吉が海外から持ち帰ったことが始まりとされています。その後、ビジネスパーソンの記録帳として徐々に定着していきます。戦後のサラリーマン激増の時代に「能率手帳(※1949年)」が登場し、長らく働く人々の時間管理を支えてきました。昭和の時代には、左ページに予定、右ページにメモ欄を設ける「レフト式」が浸透していましたが、平成の時代には働き方やライフスタイルの多様化により手帳も多様化します。時間管理も、個々人が能動的に決定する必要が増え、「バーチカル式」などが流行します。
コロナ禍を経て、手帳に求められることも大きく変わりました。リモート会議が普及し、オンラインのカレンダーでスケジュールを共有することが当たり前になった結果、手書きで分刻みの予定を管理する「バーチカル式」の需要は落ち着きを見せています。また、コロナ禍では外出自粛により日記のネタが不足したことで、「1日1ページ」から「1週間1ページ」へ、あるいはコンパクトなサイズへと移行する動きも見られました。
一方で、SNSの普及により「見せる手帳」という新しい価値観も生まれています。おしゃれな表紙や、見映えする書き方など、多くの人の手帳の使い方に触れ、スタンプやシールで彩るデコレーションのニーズも高まりました。手帳の役割が、単なる時間管理から、自己表現や「創造」を楽しむ作品化へとシフトしていると感じます。
▲高畑さんがまとめた、コロナ禍以降における手帳トレンドの変遷
——昨今の手帳トレンドの変化についてお聞かせください。
2023年頃から、「希望を書き出すノート」が増えている印象です。コロナ禍の閉塞感の反動もあり、「やりたいことリスト100」などを書く前向きなスタイルが支持されています。また、毎日書くことがプレッシャーにならないよう、「日付なしの手帳」も一般化しました。1日に3つだけトピックを書くスペースや、イラスト用の欄を設けるなど、「書くこと」への心理的なハードルを下げる工夫を凝らした手帳も目立ちます。
本来、手帳は未来を描く機能と過去を記録する機能の、両方を併せ持つツールです。未来は「予定」であり、過去は「⽇記(ログ)」です。興味深いことに、景気の良い時代には未来志向の手帳が好まれますが、先行きが見えづらい時代になると、未来を描くこと以上に「今日1日を大切に過ごした」という実感を積み重ねるための「記録」が重要視されるようになります。
紙の手帳は、書き込むほどに重みを増し、ボロボロになっていきます。しかし、その使い込んだ一冊を眺めることは、自分の人生の歩みを可視化することに他なりません。ボロボロになった分厚い手帳こそが、時に人生の確かな「心の支え」になってくるのです。
▲高畑さん自作の「紙くず日記」。日々のパッケージなどを貼ることで、デジタルにはない「物理的なログ」を残している
——デジタルツールが主流になりつつも、「手書き」が廃れない理由は何だと思われますか。
最も大きな違いは、「誰がルールを決めるか」という点にあります。 デジタルツールは、あらかじめプログラマーが想定したルールの範囲内でしか動きません。例えば「クレヨンで描きたい」と思っても、そのツールに機能がなければ不可能です。決められた選択肢の中でしか表現できないデジタルに対し、紙のノートは自分自身でルールを作れます。好きな⾊のペンを使い、好きな場所に⽂字やイラストを描く。この圧倒的な自由度の高さこそがアナログの強みです。
▲デジタルとアナログの違いをまとめた図
また、デジタルと手書きでは、そこに含まれる情報量も異なります。手書きは筆圧や文字の形など、多次元の情報を含んでいるからです。例えば、万年筆や⽑筆で書くと、スピード感や筆圧によって⽂字に抑揚がついたり、インクや墨の濃淡が出たりします。「⼿が震えるほど緊張していた」「毛筆で書くことが苦手でも一生懸命書いた」といった、書き手の感情や機微が文字そのものに宿るのです。これはデジタルにはない、手書きならではの体温です。⼤切な⼈にどうしても伝えたい思いがある時は、ぜひ万年筆や⽑筆で「認める(したためる)」ことをおすすめします。
▲高畑さんは年賀状を毎年自作・手書きで送られているそう。デジタル(LINEやEmail)では伝えられない体温や手触り、気持ちや遊びを大切にされていました。
——高畑さんご自身は、どのように手帳を使い分けていますか?
予定管理はオンラインツールで行い、日々の出来事は1日1ページのミニ手帳に記録しています。また、自らプロデュースした「文具王手帳」も愛用しています。これは「バイブルサイズのリフィル」と「A4用紙の縦四つ折り」の両方を収納できるよう設計したもので、財布としての機能も持たせています。
▲高畑さんが愛用する手帳たち。左から2番目の黒い手帳が「文具王手帳」
手帳を使う上で不便を感じれば、3Dプリンターやレーザーカッターを駆使して自分で道具を作ることもあります。例えば、お気に入りの包装紙をカットしてオリジナルのリフィルを作りたい時に重宝するのが、自作の「リフィルメーカー」です。これは紙を手帳サイズに切るためのアクリル製定規で、バイブルやM5、M6など各サイズに合わせて作りました。この他、カール事務器から発売されている「リフィルメーカー3.5」(RM-6535)専用の「M6→M5変換ガイド」や、システム手帳のリフィルを整理・保管するための「リフィル収納ボックス」などを制作し、自ら運営するECサイト「文具王工作室」で販売しています。
▲システム手帳のリフィルを自作するときに使う「システム手帳リフィル自作用 カット定規」¥1,500(税込)
——この先、手帳ブランドには何を求めますか。
「能率手帳」をはじめ、長く愛されるロングセラー商品は、ユーザーにとって⽣活のリズムを作る「インフラ」とも言える存在です。予定管理の主流がデジタルへ移っても、長年同じ⼿帳を愛用している⼈にとっては、それが無くなることは生活の一部を失うことに等しい。使い続けたいと願うファンの声に応え、ぜひ末永く作り続けてほしいと願っています。
——最後に、時間〈とき〉ラボの読者の方へメッセージをお願いします。
手帳を今日買いに行く人は、来年に希望を持っている人です。そこには未来への期待や決意があり、「明日をより良くしたい」という意思があります。「来年はもっと計画的に動こう」「もっとゆったり過ごそう」。そう思い立ち、手帳を選ぶその瞬間から、既に来年のデザインは始まっています。
手帳を変えたくなることもあるでしょう。ですが、その時こそが自分のライフスタイルを見直す絶好のタイミングです。自分の仕事や生活のリズムが変わると、自分に合う手帳も変わってきます。10年同じ手帳を使い続けるのも、毎年違う一冊に挑戦するのも、どちらもすてきなこと。自分にとって何が大事なのか。手帳というツールを通じて、それが見えてくるはずです。
▲不便を感じたら自分で文房具を改造したり、製品も自分で作ってしまう高畑さん
■プロフィール
高畑正幸(文具王)
文具王工作室 https://bunguo.base.ec/
1974年、香川県丸亀市生まれ。図画工作と理科が得意な小学生をやめられず現在に至る。テレビ東京の人気番組「TVチャンピオン」全国文房具通選手権に出場し、1999年、2001年、2005年の3連続優勝を果たして「文具王」の称号を得る。文具メーカー「サンスター文具」にて13年の商品企画・マーケティングを経験した後、同社とプロ契約。現在は文房具の情報サイト「文具のとびら」の編集長を務める傍ら、個人でもYouTuberとして文具情報を日々発信している。2007年より、きだてたく、他故壁氏と共に、文房具のトークユニット「ブング・ジャム」を結成し、各種文具イベントを開催中。( オフィシャルサイト / YouTube / X )
取材・執筆/宅野美穂
長脛彦 さん
文具王自ら,「文房具の主な役割はほぼ終わり」と宣言される驚愕! 一方で,手書き手帳のマイ・ルールの自由さや作品化した「見せる」手帳の魅力を説かれ,自ら道具の自作や改良に励まれるなど,文房具愛は止まることがない。やはり文具王である。王様,万歳!