時間〈とき〉ラボ運営事務局 さん
日々の食卓を彩る料理。ただお腹を満たすだけでなく、クリエイティブな要素も大きく、食材へのアプローチの仕方次第で、できてくる一皿が大きく変わるところが料理の面白さであり、また難しいところだ。そんな料理のレシピを、和洋中こだわらず自在に操り、会社の経営をしながら独創的な発信を続ける、栗原心平さんの時間デザインとは。
栗原心平(くりはら しんぺい)
1978年生まれ。料理家・栗原はるみの長男。株式会社ゆとりの空間の代表取締役社長。会社の経営に携わる一方、幼い頃から得意だった料理の腕を活かし、自身も料理家としてテレビや雑誌などを中心に活躍。仕事で訪れる全国各地のおいしい料理やお酒をヒントに、ごはんのおかずやおつまみにもなるレシピを提案している。2012年8月より料理番組『男子ごはん』(テレビ東京系列)にレギュラー出演中。
聞き手:日本能率協会マネジメントセンター 代表取締役会長 長谷川隆
長谷川:テレビ番組の「男子ごはん」を見ていると、実に手際よく料理をされていますが、小さい頃からよくご自分で料理をつくられていたんでしょうか。
栗 原:小学校2年生の頃には、日曜日に両親の朝食をつくっていましたよ。共働きだったので、休みの日は僕が起床するのが一番早かったので。あとは、母が自宅で仕事をしていたので、撮影のための食材が必ずあったというのも大きかったですね。
長谷川:でも男の子の場合、なかなか料理に興味を持つことがないと思いますが、やはりお母さまのはるみさんの存在が大きかった?
栗 原:そうですね。変な言い方ですが、母がつくるものがおいしかったので、外食に抵抗感があったのかもしれません。さすがに焼肉とかお寿司とかは別ですが、普通にお店に行って食べても感動が薄かったような気がします。それと、母がこれだけおいしいものをつくれるのはどうしてだろう、という興味もあったのかもしれません。
長谷川:すごく贅沢な話ですね。栗原家に生まれたら、外食の必要がないと。
栗 原:そんなことはありませんよ(笑)。あとは、父もよく料理をしていたので、その影響もあったかもしれません。
長谷川:そんな心平さんが、仕事として料理をされるようになったのには、どんなきっかけがあったんですか。
栗 原:ある雑誌の編集長が、母の仕事で自宅に来られたときに、小さい頃の僕がおやつをつくったり、夕ご飯をつくったりしていたことを覚えていてくれたんです。それで、月刊誌の連載をやってみないか、と誘っていただいたのがきっかけでした。会社の仕事もあるので片手間になってしまうけれど、それでもやらせていただけるのならとご相談をしてお受けしました。
長谷川:引き受けてみて、いかがでしたか。
栗 原:僕は料理が早いほうで、カメラマン泣かせとよく言われるんですけれども、以前は早さばかりを追求していて、母に「雑にせず、もっと丁寧に!」と言われたことがあるんです。それから料理は、単に早くつくればいいというものではないと考え直すようになりました。最近、時短という言葉をよく聞きますが、料理の場合、出来上がったもののクオリティが、時短をしなければ10だったのに、時短によって6になってしまってはいけません。時短そのものは悪いことではないのですが、時短をしても、クオリティは常に10でなければならないのです。
長谷川:ふつうは、時間を縮めることで何かを犠牲にしなければならないものですが。
栗 原:通常はそうですよね。でも、例えば朝、昆布を水につけておけば、出かけて戻った頃には出汁がとれている。そういう手間が、料理の時短なんです。
長谷川:あと料理って、クリエイティブな要素も大きいですよね。あまり早くてはアイデアが湧かないとか。
栗 原:日常の自分のペースで動けているときが一番いいと思います。追い込まれてもダメだし、時間に余裕がありすぎてもうまくいかないんです。あくまで僕の場合ですけれども。
長谷川:そのへんは、「時間デザイン」にも関連しますね。自分のペースというのは具体的にいうと、どんなことでしょうか。
栗 原:ペースというか、段取りでしょうか。料理と経営は、実は似ている部分が多いんですよ。料理の場合、準備や下ごしらえに手間をかけて、最後に火を入れる。そこまでの段取りが頭のなかできちんと整理できていないと、うまくつくれないんです。レシピを見て、その通りにつくれば、ある程度はできますが、やはり段取りが命です。会社の経営も感覚としては近くて、何を目的にして、それを達成するまでに何を準備しておくかという段取りが重要ですよね。段取りもなく、いきなり新しい事業が成功するわけではない。そういう感覚はすごく近いものがあります。
長谷川:私も経営者と話をする機会がありますが、段取りの話はよく出ますし、目的があって、そこに至るまでの過程の大切さについてもよくお聞きしますよ。
栗 原:そうですね。
長谷川:経営の話が出ましたが、心平さんはいま、ご自身で会社経営もされていますよね。若くしてお父さまから経営を託されたということですが、経営の難しさを感じるのはどのあたりでしょうか。
栗 原:人間関係が難しいと痛感していますね。会社の意向として伝えたことが、現場のスタッフまで同じように伝わって、その通りに動いてくれるかというとまったくそうではない。だから、会社の方針に関する説明は丁寧にしてしすぎることはないなと。それが父から引き継いでまず感じたことですし、いまもそう思っています。
長谷川:お父様との方針の違いに、社員の方がとまどってしまうような場面もあったのではないですか。
栗 原:僕は、27歳のときに父の会社を継いだのですが、当時はよく父とぶつかっていました。最近は言われなくなりましたが、「石橋を叩いても渡らない奴」と言われていました。父は超ドラスティックなタイプなので、とにかく慎重のうえに慎重を重ねているように見えたのでしょう。つまり、僕のやり方に満足していなかったんでしょうね。
長谷川:それと、経営者として厳しい決断をするときもありますよね。お店でしたら、むしろ出店よりも退店のときの決断のほうが難しいのではないでしょうか。
栗 原:たしかに退店の判断は難しいですが、まず売上が悪く数字的に明らかに無理なときは退店を考えます。それとビジネス環境です。うちはほとんどインショップなので、商業施設自体の売上が悪い場合も退店を検討する。そしてやはり人の問題です。例えば、アルバイトがなかなか集まらないような地域なのに、2人体制で回さなければならないといった状況があると、これはやっていけないから退店しようという判断になります。でも、赤字はわずかで、なおかつそこに光る人材がいるのだとすれば、それは本社サイドの管理の問題だから、それをどうテコ入れしようという話になります。そういうときは現地に行って、直接こうしようという方向づけはします。
長谷川:やはり、人が大切ということですね。そういうふうに経営をしながら、料理の仕事と両立するにあたって、大変だと思われるのはどんなときでしょうか。
栗 原:立て込んでいるときは、やはり大変ですね。会社の業績がいまいち思わしくないときに、料理の仕事がたくさん入ってきて、試作のレシピが15点ありますとなると、やはり行き詰まります。
長谷川:立て込むときって、重なるものですよね。どう解決されるのでしょうか。
栗 原:とにかくその場を乗り越えようと、気合でやってしまうことが多いですね。
長谷川:立て込んだら、とにかく「えいやっ」とやってしまうと。
栗 原:あとは、会社の経営は短期的に決裁しなければならないことと、長期的な視野で見ていく必要があることと両方ありますが、短期的なことでしたら、即時決裁してその行く末を見守る。そういう姿勢でいると、料理の仕事をする時間をつくれます。それと、少なくとも、こちらがずっとボールを持っているという状態にはしません。何かしらアクションを起こして、ボールを投げ返して相手が反応するまでの時間を確保しますね。
長谷川:料理家として、これから自分をどう成長させたいと思っていますか。
栗 原:これまでの経験で培ってきたものだけに頼りすぎていると感じる部分があります。とくにレシピをたくさん考えなくてはならないときにそう思うのですが、本来料理ってそうじゃないなと。シェフの仕事は料理をつくって食べていただくことですが、僕のような料理家の仕事は、レシピを示しておいしくつくっていただくことです。なので、奇をてらいすぎてもだめだし、普遍的すぎても面白味がない。レシピを見たときに「この食材をこんなふうに料理するの?」って意外に思われるけれども、つくってみるとスタンダードな料理になるというのが、僕の「勝ち」のセオリーというか成功のパターンですね。「意外だったけれど、つくってみたらおいしかったですよ」って言われれば、嬉しいですね。
長谷川:そういう引き出しを増やすためには、どうしたらいいとお考えでしょうか。
栗 原:いろいろなジャンルの料理を、とにかく深く追求することですね。例えば、中華料理は勉強すればするほど、手が込んでいるし、材料もこだわっているということがわかる。奥が深いのです。あの料理は、ふだんはまず手に入らない特別な材料を使っているから知る必要はない、というものではないのです。
長谷川:外食に行ったら、食べることだけでなくて、食材やレシピについても聞くんですか?
栗 原:シェフの方が親しい関係であれば、必ず聞きます。
長谷川:お寿司屋さんも同じでしょうか。魚は産地や旬によってもいろいろですから。
栗 原:お寿司屋さんは、大衆的なお店と、高級店とではオペレーションがまったく違うのです。例えば、イクラだったら、どれだけの期間ならば冷凍しても味が変わらないかとか、そういうことを聞くとすごく勉強になりますよ。一方、高級店ならばそういうことはあまり気にせずに旬の時期にだけ出せばいいんです。
長谷川:なるほど。そういう違いもあるんですね。
栗 原:お寿司屋さんに何を求めるかによっても違いますよね。「そこにあるタコを炙って、ゆず絞って」みたいなことを言えるお店のほうが、僕は好きですね(笑)。
長谷川:私も近所のお寿司屋さんによく行くのですが、お客さんと板前さんが、「このネタはこんなふうに食べたら美味しいんじゃない?」なんて会話しているんです。それがおいしかったら、他のお客さんも「じゃあ、私も」って広がっていっています。そういうのは、楽しいですよね。
栗 原:それはよくわかりますね。高級店などで、会話もなくて緊張の糸がピーンと張っていて、ただ出されたものを待っている、というのはちょっと(笑)。
長谷川:仕事以外には、どんな趣味をお持ちなんですか。
栗 原:少し前ならば自信を持って「ゴルフ」と言っていましたが、最近、ちょっと調子が悪くて(笑)。ゴルフに入れあげているときは、何が何でも練習する時間を捻出しようとしますから「モチベーション=時間」という考え方もできるんです。そこまでのモチベーションがないと、「まあ、いいや」となってしまいますから。
長谷川:その時間を捻出するために、何か工夫されていることはありますか。
栗 原:わずかな時間だからいいや、と思わないようにしています。例えば、15分空いたときに、その15分をただぼうっと過ごすことはないです。15分しかないけれども、その時間内でこれをやってしまおうと決める。そういう積み重ねが、まとまった長い時間を確保するためのコツだと思います。
長谷川:短い時間であっても、空いた時間をいかに有効に活用すると。
栗 原:それも、何に重きを置くかという意味でモチベーションと関係してくるんですよ。書類をまとめるでも、経費の精算でもなんでもいいのですけれども、それがきょう一日の仕事の優先順位の何番手にあるかということを意識します。そうやって、一日の流れを決めるのです。
長谷川:いままで、いろいろな人にインタビューしてきましたけれども、モチベーションと時間を関係づけてお話いただいたのは、心平さんが初めてですよ。そういう意味で新鮮ですね。
栗 原:そうですか(笑)。
長谷川:料理と時間の関係という点ではどうでしょうか。先ほど、ただ時短をすればいいのではないとおっしゃっていましたが。もう少し詳しくお聞かせいただけますか。
栗 原:ハレの料理と、ケの料理をどう考えるかだと思うのです。それがわかったうえで、時間を逆算して考えればいい。例えば、休みの日にハレの料理として、デミグラスソースをいちからつくろうとしたら、午前中に買い出しに行って、午後からソースをつくり始めて、夕飯にはおいしいハンバーグが食べられる。という段取りのもとにその時間を使うのであれば、すごく有効だと思うのです。だけど、日常、つまりケの日はムリですよね。日常だと、時間が短くておいしくつくるためには、ある程度やり方が決まってくるんです。例えば、共働きの家庭でもお母さんが早く帰れる日があるのならば、その日はハンバーグのタネをつくっておく。そうしておくと、翌日は時間がなくても焼くだけでいい。そういうふうに時間を蓄積していくことが、おいしく食べるうえでは重要だと思いますよ。
長谷川:料理というのは、ハレとケの区別という使い分けも重要なんですね。
栗 原:ハレの日の料理も、1回だけつくるのではなくて、2回分つくって、残りは冷凍しておく。そうすれば、水曜日にまたおいしいデミグラスソースが食べられますよね。
長谷川:きょうお話を伺ってきて、テレビで拝見するような料理家としての心平さんだけではなくて、経営者としての姿にも、とても感銘を受けました。両立しているところがいいですね。
栗 原:経営は総論的なことが大事で、料理は各論的なことが大事なように見えるんですけれども、両方ともなくてはいけないですよね。料理も総論的なテーマが存在していて、例えば、同じハンバーグでも、何十種類もある。そう考えると似ていますよね。
長谷川:さいごに、今後の夢をお聞かせください。
栗 原:漠然とした考えですが、自分で調達した食材を自分で料理することでしょうか。自給自足とはちょっと違って、ジビエや漁師のようなイメージです。本当にできるかどうかはわかりませんが、そういう日常がほしいですね。それが皆さんに受け入れられて、仕事になったらすごい幸せです。例えば、会社で運営しているレストランでも、我々が生産したものを使って、お客さまに向けてヘルシーで、バランスの良い食事やレシピを提供できればいいと思っています。
長谷川:そんな夢が実現するといいですね。これからも、料理家として、そして経営者としてのご活躍を期待しています。
父から会社を継いだ当初は、何をやってもうまくいかなかった。業績も悪くて、とにかくへこんで、スタッフ共々「俺たち、これからいったいどうすればいいんだろう」と悩んでいる時間が結構長かったと思う。その頃の自分に声を掛けるとすれば、まず、「現実を見据えて負債を軽くしようよ」と。精神的なところでは「心が折れているのを人には見せるな」ということかな。 「リーダーの心が折れているのを周囲のスタッフがどう感じていたか、考えてみなさい」と。でも、「そういう経験も、経営者として将来必ず生きるものだよ」とも言っておこうかな。
※この記事は【時間デザイン研究所】に掲載されていた記事を転載しています。内容は掲載当時のものです。